2019年の映画の話

去年の秋あたりから「期間が読めない」類の案件をいくつか参加させていただいた(今も)。面白い案件だし参加させていただける嬉しさがある一方で、スケジュールが組みづらく、他の案件をお断りすることになってしまうのは若干辛い。

そして、ゲームが積まれていく。……違う、ゲームの話じゃない。映画だ映画。1月になって第1話ラッシュで。……違う、TVアニメの話でもない。

というわけで、2019年分の映画はこちら:もう一度観たい映画2019

いつも鑑賞直後に星をつけているのだが、年の途中で自分の中での評価基準を変えた。それまで低め低めに星をつけていたが、このままだとどんな作品でも星5つにならないことに気づいたので、もっと気軽に星4つ以上をつけることにした。なので、年間通してみると「鑑賞直後の評価」にはばらつきが出てしまったのはご勘弁を。

いくつかの作品についてコメントすると。

「アベンジャーズ/エンドゲーム」はもう一度観たいが、一体どこから遡って観るんだろうか。「アイアンマン」からなのかな。シリーズを畳むといえば「スターウォーズ」もあるのだが(「スター・ウォーズ スカイウォーカーの夜明け」は年明けに観たので、2020年分にカウント)、先に畳み方を観てしまったからか「アベンジャーズ(MCU)」のほうが好きな終わり方かな。

「ジョーカー」は映画全体がある種の胡散臭さをまとっていて、雰囲気だけでご飯が何杯か食べられそうで素敵。ジョーカーは「かわいそう」であると同時に「状況を変える元気がない」人で、一昔前ならばこの人は努力が足りないから状況を打破できないんだ、と云われたことだろう。この負のスパイラルが社会の問題として認知されている今だからこそ、心に響くのではないか。もともとのジョーカーというキャラクターにそういう背景はなかっただろうから、ある意味でこれは壮大な二次創作なんだろうなぁ。ちなみにハーレイ・クィーン関連作品は未見。劇場でスーパーマン鑑賞中に壮大に寝てしまって、そのせいでDC関連作品(DCEU)になんとなく負い目を感じてしまっているのだ。どうしようかなぁ……。

「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」は人にオススメできるタランティーノ作品という点で良かった。映画のスタイル(作風)と話そのものの相性が良くて、もしもこの企画が先にあって監督誰にするよ?という会議があったとしても真っ先にタランティーノの名前が挙がっただろう、と思う。あと、レオナルド・ディカプリオとブラッド・ピットがてぇてぇ。ディカプリオがダメな人間演じると名作。

「ホイットニー~オールウェイズ・ラヴ・ユー~」をもう一度観たくなるのは何故なのだろうか。ホイットニーが活躍していた頃をギリギリ知っている世代として、どうしても思い入れてしまう。

「運び屋」というコミカルな作品をみんな観てくれ。予告編からは想像できないだろうが、これは笑えて、泣けるダメ人間物語なんだ。想像なんだが、クリント・イーストウッドはじいさんが若者にいいこと言うふりして説教するのが本質的には嫌いなんじゃなかろうか。出会った若者たちに対して割とフラットな感情でぶつかっているように思う。もちろん経験から来る言葉の重みみたいなものはあるのだが、説教とはちょっと違って、単に「オレはこう思うぜ」という世間話をしているだけなんじゃないかな。同じテーマを日本で映画化したら、じいさんが仙人か宗教関係者みたいな感じになっちゃうかも。

観ていない作品について軽く触れると、「ジョン・ウィック:パラベラム」「ゾンビランド:ダブルタップ」はタイミングが合わなかった。

「アイリッシュマン」もタイミングが合わなかった上に、これ3時間超えなんだよね。Netflixはまだ契約していない。今の生活状態で契約すると、もう睡眠時間を0にしても足りなそうなので無理。気になるが、おそらく観ないままになりそう。人生損した気分。

「天気の子」はTV放映待機。新海誠作品なのにどうしても、どうしても心が動かなかったんだ……。作品を観る前の環境ノイズが多すぎて、疲れちゃったんだ。 では、今年も頑張りましょう。