2010

2010-02-03 「不要なもの」としてのサービス

インターネット上では新しいアイディア、仕組みを持ったサービスが次々と生まれている。発表されれば「革新的だ」「今までに無かった」といった煽りが使われ、生き残れなかったサービスは「新しすぎた」(または「劣化コピーだった」)「用途が無かった」と云われる。

サービスは道具だから、使い込んでいくことに意味が生まれていくもののほうが多い。だが、あまりに「新しい」サービスが日々登場するためか、そのサービスを自分のライフスタイルに組み入れることは非常に難しくなってきている。きっと、今発表されているサービスの多くは現代社会においてすぐに必要とされない、「不要なもの」だということだろう。

様々なサービスを使いこなしている方々のうちの何割かは、大変表現が悪くて申し訳ないが、実は「不要なもの」のいくつかを上手にライフスタイルに取り込んでいる方々だと云える。それが現代社会の「ゆとり」であり、文化の発展に大きく寄与している部分であることは歴史が証明しているから、そこになんら問題などはない。

もしもサービスとして生き残るために、ユーザーに日常的に活用してもらえるサービスであろうとするならば、ユーザーのライフスタイルに入り込む必要がある。ライフスタイルに変革をもたらすか、あるいは生活上でそれまで空位だった部分に入り込むか、だ。前者にせよ後者にせよ、「不要なもの」を習慣化させるためにユーザーのライフスタイルに切り込んでいくのだから、ハードルは高い。前述の「不要なもの」をうまくライフスタイルに取り込んでいる人々にしたって、一日は24時間しかないので空きスペースは僅かだ。

あるいは、サービスとして「一定の成果」を得るのが目的であれば、ユーザーに日常的に活用してもらおうと思わないほうがよいのではなかろうか。「不要なもの」であるサービスならば、飽きられて使われなくなったとしても問題は無いのだから、いっそうまく時代をすり抜けるように立ち振る舞うことで「印象」として記憶に留まってくれたほうがいいのでは無かろうか。「印象」はライフスタイルを壊さないし、時として実際の現象よりも美化されてくれることもある。

サービスは終わり方が難しい。立ち上げるときに「終わる」ことを考えがたい。だが、多くのサービスはいつしか終わってしまっている。作り手の言い訳として「時代に合わなかった」という弁は仕方が無いことだとして、果たして「不要なもの」を少しでもライフスタイルに取り込んでもらえるような工夫をしたのかを反省する必要もあるだろう。いっそ負け犬の遠吠えならば「すり抜けが目的でした」でも構わないんじゃなかろうか。ただ、格好よく立ち振る舞わなければ印象にも残らないということも忘れてはならない。印象にも残らなければ本当にダメだったということになってしまう。

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2010-01-28 日記書かなくなった

Twitterのせいですっかり日記を書かなくなった。長文を書く練習を怠るのはよくないことだから、なるべく日記は書きたい。だが、日常の些末な出来事を書き留めるのはTwitterのほうが早い。

日記を書くときは、自分の意見をまとめ、論理の構造を(これでも一応)考える。文章と馴れ合う時間とでも云おうか、思考を言葉でこねくり回しているこの時間こそが日記の本懐であろう。内的なもの、思考や感情と云ったものをアウトプットするときにそういった「タメ」が一瞬ある点がTwitterと異なるのではなかろうか。

否、Twitterでもそういう「タメ」を作ればいいのだろうが、そういった発想をさせない空気感があのサービスにはある。TimeLine(TL)と呼ばれる、時間軸の持つパワーが、使う人を高揚させているという印象がある。

古い時代の映画や小説の描写ではよく、一日の終わりなどに日記のための時間を設けている人物が描かれる。実際のところ、どうなんだろう。ちょっと意識的にそういう時間をどこかに作ってみたいと思う。思考をまとめる「タメ」の瞬間。

tags: インターネット


2010-01-09 映画「アバター」のすごいところ

「アバター」を観た。確かに3D映画というのは新しい映像体験だった。残念ながらIMAXではなくごく普通の映画館で観たのだが、それでも十分驚いた。

小さい頃に赤と青のセロファンが貼られたメガネを掛けてみた3D映画は、飛び出すということを意識するあまりに意味不明なカットが散見されたが、「アバター」はごく普通のハリウッド映画だった。すなわち、最近のハリウッド映画は奥行き感のあるダイナミックな映像(つまり派手で大げさな映像)が多く観られるが、その正常進化系が「アバター」なんじゃないか、と感じた。

映画を映画館で観たいと思うモチベーションは、いち早くその物語を知りたいと思う知識的な欲求と、非日常な体験をしたいという体感的な欲求があると思う。「アバター」のストーリーは正直レンタルで観てもTVで観ても印象が変わらないと思うが、非日常な体験としてはやはり3D映像を劇場で観るしかないわけで。

Webという、かなり日常の中に溶け込んだデバイス(PCのブラウザ)の上で疑似体験をごにょごにょやっているに過ぎない仕事をしている身としては、やっぱり体験って重要だよなぁ、としみじみ考えさせられるのであった。

tags: マンガ・アニメ


2009

2009-12-22 イベントや飲み会で色んな方と会う

おかげさまで、この年末はいくつかのイベントや飲み会でご挨拶させてもらった。同業種の方々も異業種の方々も、色んな方と話すのは楽しい。

いくつか研究目的のプロジェクトに関われたことで、iPhoneアプリの中の人としてであったり、タッチディスプレイを使ったインスタレーションの中の人としてあったりと様々な接点で声をかけていただけた。「何の人?」と言われもしたが、まぁそれは仕方ない、確かに自分でも何の人なのか説明が付けづらい。

結論としてやりたいことはインターフェースの構築なんだけれども、それをWebエンジニアの自分に今できるのはこういうことだ、と思い日々実践しているとこんな風になった。アプローチとして最適だったどうかは分からないが、やっていることを面白いと言ってくださる方がいる限りはまぁ大丈夫かなと思っている。

で、折角色んな方と出会えたのに、今はまだなんだか自分の中にうまく飲み込めていない状態で悔しくてならない。もっともっといいものを作っていかないと「あんときは面白いと思ったけど結局はあの程度のレベルだったね」と思われてしまうぞ、という危機感も高まってきた。うーん、奥が深い。

そんなこんなの野村でございます。また何か面白いものができたら皆様にご紹介するので、今後ともどうぞよろしゅう頼みます。

tags: お出かけ


2009-12-07 MTM04に参加した

もう先月のことであるが、去る11月22〜23日に開催されたMake: Tokyo Meeting 04に参加した。会社名義での参加である。そもそも野村はシャイなボーイなので個人で参加するのは辛かったし、関係各位との利害の一致を見いだすことができたというのが理由であった。

作ったのは「LOGER」と名付けたメジャー。デジタル化されたメジャーを作ろうということで、なんとカラーコードで長さを読み取るという強引な方法で実装された作品。写真は製作中の様子だが、30mm x 30mm x 50mmにArduino miniを収めるのに非常に苦労した。

MTMに参加されている皆さんは非常にレベルの高い方々ばかりで、こんな作品で参加するのは恐縮だったのだが、なんとなく暖かく迎えていただいたようで有り難かった。

tags: お出かけ