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二十五

 あれはお父さんだった人。もうばらばら。だから本物のお父さんなのか、もう分からないや。
 やっと探し出したけれど、トトはもう動かなくなっている。胸に耳を当ててみたが、何も聞こえない。トトは穴だらけの上半身だけで、下半身ごと、まるっきり何処かで失くしてしまったんだよね。
 乾いた唇を閉じさせて、その唇に触れて、キスした。一生の内に二度しかキスができなかったけれど、これは不幸?
 違うよね、不幸じゃない。だって、貴方は一緒に逃げようと言った。
 皆、逃げていった。母さんも、ゲンツも、チャルも、父さんも、貴方も。
 約束だものね。一緒に逃げよう。
 何処か、遠くへ。
 少しだけ、笑ってみたよ。ゆっくり立ち上がって、まずトト、貴方をの体を湖に投げました。少しだけ沈み、すぐにふわふわと浮き上がってきた上半身だけのトトは、情けなかったから、だからまた、少しだけ笑って、それから、顔を持ち上げた。
 重たい雲の天井に、頭上にぽっかり穴が開いていて、星空がこちらを覗いています。六つの星はじっと、どうするのかな?と伺っています。
 こうするのよ。
 一粒だけ残っていた涙を零して
「皆、死んじゃえばいいんだ」
そう言って、トトの体に飛びつくように、湖に身を投げました。

 古より続けられきた儀式は、成就された。

 湖が大きく波打ち、再び光を放った。
 光は、優しさと厳しさを満遍無く漂わせ、湖という器から溢れ、零れ、流れ出した。見る者に昼と思わせる程に輝き、始めは優しく、徐々に熱を帯び、肌を焦がす程になり、その本性を現し出した。
 風を伴い、光は人々の体を突き抜けた。見る見る指や足から溶け出す肉体。人々は一様に目を見開き、それを潰され、溶かされた。光は水のように波打ち、音も無く流れた。
 木々も、森も、山々も、川も、獣も、町も、その中では全て等しかった。強烈な熱を伴った光は、土をも焦がした。疾風を共に、僅かな間に大陸の端から端まで、光は行き渡った。そして海を捉えた光は、そこで幻のようにふっと消えた。
 全てを嘘にするように、瞬く間に終わった、音の無い惨劇。それを間の当たりにした者はいない。
 一夜明け、何も無かったように平然と、太陽は東より出でた。
 見渡す限りの焼け焦げた大地。土煙が舞い起こっては、行くあてを失い、砕ける。

 ノーサ=タムと呼ばれた山だけが、全てを知っていた。
 そして、託した。

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